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 カンタ・ジョビン 松田 美緒 + 沢田 穣治 with ストリングス   Canta Jobim

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日本を代表するブラジル音楽の鬼才の二人による
ブラジルの大作曲家 アントニオカルロスジョビンへのオマージュ作品。
ストリングスのアレンジによってジョビンの世界に迫ります。

ライナーノーツ

-そもそも、本作のアイディアはいつ頃できたものなんですか?
沢田穣治(以下:JS) 実は、それぞれがずっと長いこと温めてきていたアイディアなんです。ぼくはずっとジョビンの曲集をつくりたいと思っていたんだけれども、日本には歌える人がいないな、ってずっと思ってたんです。ところが今年、この人と一緒に仕事する機会があって、「あ、この人だ」と思って、それではじまった。
松田美緒(以下:MM) 私もブラジル音楽で一番最初に好きになったのはジョビンの曲で、ボサノバももちろん好きだったんだけけれども、シルヴィア・テリスとかエリゼッチ・カルドーゾなんかが歌ってるバラード、つまりカンサォンがすごく好きで、いつかそういう曲ばっかりを集めた曲をやりたいって気持ちをずっともっていたんです。



-いつ頃からですか?
MM 10年前ですね。

-で、具体化したのが?
JS ごく最近ですよ。やろうやろうっていいながら、ぐだぐだしているうちに体制も整ってきたので、夏くらいから本腰を入れてやりはじめました。もちろん、どういう音楽にしようっていうイメージはずっと温めてはありましたけどね。

-そのイメージというのはどういうものだったのですか?
JS 室内楽的にやりたいということですね。ジョビン=ボサノバというイメージがあるけれど、そうじゃなしに楽曲としての魅力を全面に打ち出したかったんです。ハーモニーとメロディが絶妙なんですよ、ジョビンは。今回、アレンジしてみて、より一層そのことが再認識できました。アレンジをしようと思ったら、より深く曲を理解するじゃないですか。曲を理解したうえで、自分なりのものをどうやって加えていくかを具体的に考えていくわけですが、その過程で、納得するというか、「ほお」と感心するというか、そういう発見はずいぶんありました。実際にやってみた後では、やるまえにもっていたジョビンに対する当初の認識は、ずいぶん変わりました。「すごいなあ」、「やっぱり、この人しかいないんだなあ」という。

-そこのところ、もうちょっと詳しく教えていただけますか?
JS 結局、これまでは、ずっとリスナーとしてジョビンに接してきていたということなんでしょうね。今は、彼のつくってきた作品を内側から「認識する」っていう感じですかね。うまく言えませんけど、「ああ、いいものを遺してくれたんだなあ」って、心の底から思うようになりました(笑)。
MM ジョビンの曲は聴いてる分には全然そうは聴こえないんですが、実はとても複雑なメロディーだったりするんですよ。複雑なのに、シンプルで美しくまっすぐに響いてくる。ですから、それをいかに自然に歌うかっていうのがとても大事なんです。ブラジルでは、これをなにごともないように自然に歌うわけですけど、その感覚で歌えないといけないんです。

-アルバムに収録した曲はどういう基準で選んだものなんですか?
JS ふたりで、あれにしよう、これにしようって話し合いながら決めたんですけど、明確な基準はないです。ボサノバの方向にはあえて行かないっていう意識がそんなに強くあったわけでもないですが、メロディとハーモニーを重視して選んでいくと結果的にサンバ・カンサォンばかりになっちゃって、やっぱり、「ふたりとも、バラードが好きなんだな」ってことがわかってきて、ならばいっそのことサンバ・カンサォン集にしちゃえ、と。

-そもそもサンバ・カンサォンの曲と、ボサノバの曲って、音楽の構造上、違うんですか?
MM 基本は、ボサノバはリズムとグルーヴを指すので、サンバ・カンサォンをボサノバで演奏することもできるんですけど、「イパネマの娘」みたいな感じにはならないんですよ。あれはやっぱりボサノバの曲なんですね。今回の作品で言うと、穣治さんがアレンジしたストリングスの存在が重要でしたので、その厚みとか豊かさに見合ったものを選んでいくと、やっぱりどうしてもカンサォンになってくるんですね。

-ストリングスのアレンジにおいて苦労した点とか、ありますか?
JS 自分の色を出しすぎてしまうことによって、ジョビンの曲を壊してしまうことが一番怖かったですね。自分のなかのリスペクトをちゃんとアレンジのなかに反映させないといけないので、ある意味プレッシャーもありました。ですから、全体的に見ると、そんなには冒険はしていないんです。曲自体が素晴らしすぎちゃうから、ぼくの扱える技量のなかで最大限の敬意を払って作業したという感じです。

-松田さんはいかがですか?
MM 私も同じですね。今回は自分のソロアルバムではなく、穣治さんとの共同プロジェクトですし、ジョビンというテーマを大切に扱いたいっていう思いは強くありました。ですから、発音も徹底的にカリオカ(リオ)の発音になるように細かいところまでかなり綿密にやったんです。カリオカの友達に手伝ってもらって、詩の朗読をかさねて、今まで「s」を「ス」って発音していたのを「シュ」で統一したりとか。というのも、今回取りあげた曲の歌詞は、ヴィニシウス・ヂ・モラエスだったり、ドローレス・ドゥランのものだったりと、もう歌えるだけで歌手冥利に尽きるというような名曲ばかりですから、自分の世界を表現するというよりは、ジョビンの世界をきちんと表現したいという気持ちが強かったんです。実際に新たに学ぶことばかりで、本当に勉強になりました。
JS ホントにそう。このアルバムをつくったことで知ったこと、理解できたことはいっぱいある。

-ジョビンが生きていて、このアルバムを聴いたら、何点くらいもらえそうですか?
JS 「よくがんばりましたね」くらいですよ、きっと(笑)。ってか、生きてたら絶対やらないですよ、こんなこと。
MM えー、私は生きてたらお家に行って一緒に聴きたい(笑)!

-実際、今回の作品において、どの程度までジョビンの遺したものに忠実なんですか?
JS メロディとコードはほとんどいじってないですね。アレンジや間奏の形式といった部分は、定番といわれるようなものに即してやったものもありますけど、ストリングスの「積み」、つまり音の重ね方なんかは自分で全部考えました。とはいえ、どこまでがジョビン本人が残したものなのかを特定するのはなかなか難しく、その判断にはずいぶん悩みましたが、結果的には従来のやり方をあまり大きくは逸脱しないように心がけました。

-松田さんはいかがですか? 過去のレコーディングとかを参考にされたりは?
MM 意識的に誰かのを参考にしたというのはないですね。やっぱり自分の感覚で歌わないと意味がないので。ただ、言葉の分けかたといった部分で、過去に聴いていた歌手の影響は無意識的にはあるかもしれませんけれど、意識して、というのはないです。むしろ、とにかくメロディーや発音、詩をどう言うかといったところに最大限に注意を払いました。

-いま伺ったお話を聞くと、もう1枚くらいはジョビン曲集がつくれそうですね。
MM 今回入れられなかった曲もあるので、絶対いつかやりたいって気持ちはありますし、ジョビンの音楽は、色んなアプローチが可能な、それこそ無限の宇宙みたいなものですから、そういうものとして、今後もさまざまなかたちでやっていきたいというのはありますね。
JS ただね、労力は大変なんですよ。ぶっちゃけた話、自分のアルバムをつくるよりも労力がいるんです。自分の曲をアレンジしたり演奏したりする場合は、自分のバランス感覚のなかでやればいいんだけれど、ジョビンという巨人が遺したこの偉大な遺産を傷つけちゃいけないと思いますし、それをアウトプットする責任とか怖さを感じながらの作業ですから、自分なりにとてつもなく神経を使うんです。振り返ってみると、アレンジの作業は、感動の連続でもあったし、同時に苦痛の連続でもありましたね。シンプルなコードにシンプルなメロディが乗っている曲のアレンジがまったくできなかったりとか。「どうしよう、どうしよう」って。だって、自分のアレンジで曲のクオリティが下がっちゃったらどうしようもないじゃないですか。せめて曲そのもの自体の良さがちゃんと伝わって、あわよくば、ぼくのアレンジによって、「この曲には、こんな側面もあったんだ」って思ってもらえればいいな、ってそんな感じですよね。やっぱりジョビンはレベルが違うんですよ、作曲家としての。

-アルバムの全体のイメージは、いわゆるブラジル的な南国的な印象とはちょっと違いますね。
JS 日本ではじめてのボサノバじゃない、ジョビン曲集ですから、リオのビーチのイメージじゃないことはたしかです(笑)。
MM わたしのイメージは、リオにあるチジュッカの森なんです。木々が鬱蒼と茂っていて、それぞれは南国の木なんですが、それらが折り重なることで複雑さが生みだされているっていう、そんなイメージです。光に満ちてはいるけれど、複雑な影のニュアンスがあって、それが精緻に構築されているような印象といいますか......ジョビンの曲って自然で開放的なんだけれども、同時に緻密なんですよね。ブラジルそのものです。生命力があって、そこにあらゆるものが含まれているような豊かさ、そういうイメージじゃないかと思っています。

interview: Kei Wakabayashi
updated on August 31, 2010

Production Note
[カンタ・ジョビン] 制作ノート
01. あなたがいたから - Por Causa de Você
( Dolores Duran / Antonio Carlos Jobim )
ドローレス・ドゥランっていう女性歌手が書いた歌詞で、大好きな曲です。とても女性的な歌で、ジョビンの曲のなかでもちょっと異質かなと思います。わたしのなかでは、どこか家庭的なニュアンスのある、さりげない歌だと思います。(MM)

02. 太陽の道 - Estrada do Sol
( Dolores Duran / Antonio Carlos Jobim )
これもドローレス・ドゥランの詩で、喧嘩をした恋人が、仲直りして太陽を見に行こう、って歌う歌です。これはとにかくメロディと歌詞とリズムの一体感がすごいです。(MM)
ジョビンが弾き語りで歌ってるバージョンはあっという間に終わっちゃうんですよ。あっけないくらいに。なので、ここではちょっと自分の色を入れてやろうと思ってアレンジしました。6/8拍子 ともとれるし、2拍子とも3拍子ともとれるので、両方の要素を入れています。(JS)

03. モーホの嘆き- Lamento no morro
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
映画「黒いオルフェ」のなかで使われた曲で、聴くたびに映画のシーンを思い出します。オルフェが死んだエウリディスを追って黄泉の国に行くストーリーですね。死んだ恋人の不在を嘆く、とても詩的な歌詞です。ヴィニシウスとジョビンがはじめて組んだのがこのときなんです。(MM)
ジョアン・リラがギターで参加してまして、彼のギターのグルーヴが演奏の核になってますね。(JS)

04. あなたなしでは存在しない - Eu Não Existo Sem Você
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
ジョビンのなかでもっとも好きな曲のひとつで、歌詞はヴィニシウスです。シンプルなメロディだけど、深みがあって温かい。本当に偉大な曲だと思います。(MM)
この曲のアレンジは考えました。シンプルすぎて難しいんです。ゼロで完成しちゃってる感じなので、そこに一滴自分の色を垂らすとそれで、曲が全部自分の色になっちゃうんですよ。曲のなかにいかにアレンジを沁みこませるか、そのアプローチの仕方で悩みました。(JS)

05. 最後の春 - Derradeira Primavera
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
悲しい別れの歌ですね。正確に訳すと「最終章の春」ってニュアンスですが、メロディも哀切をきわめます。(MM)
20年前くらいに、ジョビンの曲とは知らずに聴いて「これはすごい歌だ」と感動した曲なんです。このプロジェクトをやることが決まったときにぼくが最初に挙げたのがこの曲です。「これ、歌ってね」って(笑)。(JS)


06. 白い道 - Estrada Branca
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
名曲中の名曲ですね。「白い道 白い月/夜更けに あなたの不在が/歩いてく 歩いてく」。月を見ながら寒い町を歩くとぴったりですね。私はブエノスアイレスに行ったときずっとこれを歌ってました(笑)。(MM)

07. モヂィーニャ - Modinha
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
ヴィニシウスの名作ですね。心のなかが荒れ狂って、思うようにならない心を歌った、たったそれだけの曲なんだけど、メロディとの相性も素晴らしいんです。(MM)
「これ、私が歌ったらスゴイよ」って、彼女があんまり言うんで、「わかったわかった」って入れました(笑)。(JS)

08. あなたを愛してしまう - Eu Sei Que Vou te Amar
( Vinicius de Moraes / Antonio Carlos Jobim )
昔から好きで歌ってきた曲ですけど、この歌詞って、普段の生活ではとても言えないような、歌でしか歌えない内容なんですね。こういう歌を歌うことで、自分のなかの何かが昇華されて、だからこそ生きていけるんだって感じがするんです。(MM)

09. ジェットのサンバ - Samba Do Aviao
( Antonio Carlos Jobim )
飛行機がどんどん降下してリオに降り立つさまを歌った曲で、リオに帰っていくのが嬉しくて仕方がない、「会いたかったよ、リオ・デ・ジャネイロ!」っていう高揚感に満ちたです。この曲はジョビンが自分で歌詞を書いています。(MM)
大昔からジャズやっていた頃にやってた曲ですね。当時やってたジャズボサの曲のなかでも、これは、はじめて聴いた瞬間に「すっごいいい曲!」と感激したもので、思い入れもありますね。ジョビンが自分で歌ってるバージョンは曲の最後に「ヘイ、タクシー!」ってセリフが入るんですが、なんでタクシーなのかなって考えたら、空港に着いてタクシーを拾って家に帰るということだったわけです。(JS)

10. ルイーザ Luiza
( Antonio Carlos Jobim )
ジョビンが自分の娘に書いた曲で、歌詞もジョビンのものです。この曲のおかげで一時ブラジルでは「ルイーザ」って名前の女の子が一気に増えたといわれるくらいポピュラーな曲です。美しいセレナータで、結構難しい曲なんですけれども、ブラジルでとても愛されています。ジョビンの歌詞のセンスも素晴らしいです。(MM)

interview: Kei Wakabayashi

http://www.youtube.com/watch?v=UL4San_Ha5g

松田 美緒 Mio Matsuda
秋田生まれ、九州、京都育ち。ポルトガルの歌謡、ファドに自己表現の形を見出し、2003 年、リスボンに留学。ファドをはじめポルトガル語圏の様々な音楽文化を習得し、カーボ・ヴェルデに歌手として滞在。大西洋の音楽世界をテーマに、ブラジルのショーロの音楽家と作った「アトランティカ」(2005)でビクターよりCD デビュー。以後、「ピタンガ!」(2006)、「アザス」(2007)をブラジルで録音。アルゼンチン、ベネズエラなど現在はスペイン語圏にも本格的にその世界を広げ、現地のミュージシャンとセッションを重ねる。
2010 年にはウルグアイの巨匠ウーゴ・ファトルーソ(Pf)、ヤヒロトモヒロ(Per)と共に作り上げた「クレオールの花」を発表。同年8月は、国際交流基金主催で、ウーゴ・ファトルーソ、ヤヒロトモヒロとともに、アルゼンチン、ウルグアイ、チリのツアー、"TRANS-CRIOLLA"「響き合う地平の向こうへ」を開催し、各地の音楽、歴史と融合したその歌は、深い反響をよんだ。
在日地球人として、国境を軽々と越え続けるそのスケール感は圧倒的。時間と時間、土地と土地を繋ぎ、人々の普遍的な感情を歌うこと・・・これこそが松田美緒がもっとも大切にしていることであり、その歌声には彼女の旅する様々な地域の魂が宿っている。


沢田 穣治 Jyoji Sawada
作・編曲家、プロデューサー、ベーシストとして活躍。楽器はベースに限らず数種類の楽器も演奏。ショーロ・クラブでの活動と並行して、映画音楽・沖縄島唄・現代音楽・音響系作品の制作や、J-POPアーティストのプロデュースおよび作・編曲など、多岐にわたる音楽制作に携わっている。海外のアーティストとの活動も多く、サイモン・フィッシャー・ターナー、マルコス・スザーノ、アート・リンゼイ、ジャキス・モレレンバウム、ジョイスなど錚々たる音楽家との共演を果たしている。最新の演奏活動としては自身の室内楽アンサンブルユニット「架空線上の音楽(Baseof Fiction)」の活動、高木正勝氏(映像作家、音楽家)のツアーなどに参加。作曲家としては横浜市文化振興財団作曲家シリーズで 選出されたほか、2004年にはクラシック専門レーベル、 フォンテックから室内楽作品集『silent movie』もリリース。 2009年6月27日公開の20世紀FOX配給作品 「群青~愛が沈んだ海の色~」(中川陽介監督)の音楽監督も務める。 ベクトルの振り幅最大に、ジャンルやカテゴリーに囚われず、 沢田自らが五感で感じる演奏及び作曲に日々没頭中。

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